2014年11月10日月曜日

「うつ病」のマーケティング






先日とても興味深い本を読みました。それは


『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』(イーサン・ウォッターズ著、阿部宏美訳)


という本で、学術的な上に非常に長いのでわりと読みにくい本ですが、ザクッとまとめると、「うつ病」がどの様に日本で広がっていったかが書かれています。









別の言い方をすると、それは、『あるアメリカの製薬会社が、どの様にして「うつ病」の「治療」薬(SSRI/抗欝剤)を日本に広めていったか』という姿とも重なります。

まずは当たり前のことなのに忘れがちですが、薬を作っている会社は基本的に営利団体ですので、利益をあげなければなりません。その薬を買う人がいればいるほど、薬は売れます。





今では非常に一般的になった「うつ病」ですが、1990年代以前の日本には、アメリカでは既に一般的であった「うつ病」という概念自体が殆どありませんでした。ごく一部の場合を除いて、現在「うつ病」と診断されるであろう精神状態の殆どは、正常な精神の働きの中の一部(長い落ち込みなど)と考えられていて、それが「異常」であり「治療」が必要なものであるとは考えられていなかったし、「治療」ができるものであるという発想もありませんでした。

従ってその製薬会社としては、利益をあげるためにはまず、「うつ病」という概念を定着させることが、自社の薬を売るマーケティング戦略の第一歩となります。

その戦略に従い、巨額を投じて、「うつは心の風邪」というキャッチコピー、メディアでの特集やCMなどにより、「うつは誰でもかかる」こと、「抗欝剤は風邪薬と同じくらい気軽なもの」というイメージが日本に定着し、これまで「存在」しなかった「うつ病」という概念が急速に日本に広まっていきました。



そこで登場するのが、それを治してくれる「治療薬」です。それを飲めば「うつ病」の方達が「治る」のであれば、苦しんでいる人たちは助かり、製薬会社にも利益がでるわけで、うつ病で苦しむ人も、薬を開発し販売する人達も、誰もが得をするわけだし、何の問題もないように思えます。







が、しかし、その「治療」薬の効果はどの様に測定されていたのでしょうか?

この本では、その製薬会社が、自社の薬に対して好意的な研究成果を発表した学者や研究者達を優遇し、金銭面などでサポートをしていた実情が描かれています。これらの研究者達は、豊富な研究資金を得て、学会での発表の機会を与えられ、出世してゆくことになります。

逆に、自社の薬に対して否定的な研究成果は、発表の場を与えなかったり、あるいは内容を書き換えるなどしていたということが明らかにされています。




後に、この会社に対する訴訟が起きたことにより、多くの研究者が何十万ドル(時には何百万ドル)もの顧問料や講演料を受け取る代わりに、この薬の効果を検証したように装って、否定的なデータを隠したり、捏造したりしていることも知られるようになりました。

また抗欝剤に関して、最も影響力のある研究論文の多くが、著名な研究者が書いたように見せかけて、実際は製薬会社の雇った民間のゴーストライターの手によるものであったことも発覚しました。


握りつぶされた否定的な研究発表の中には、抗欝剤の中毒性や、抗欝剤による入院率や自殺企図率の上昇なども含まれていたそうです。







現在「うつ病」が爆発的に広まっているという事実も、ストレスや精神的なうんぬんという個人の視点ではなく、こういったPRやマーケティングというビジネス的な視点から眺めてみると、また違った姿が浮かび上がってくるのかもしれません。

(この製薬会社の抗欝剤は、日本導入初年度に1億ドル、2002年度に4億ドル、2008年には10億ドル規模以上の市場となったそうです。)







もちろん、その製薬会社で働く方々は、「うつ病の人達を救おう」という善意で、その薬が本当に効果があると信じて行動していらっしゃるのでしょう。そして実際にそれで助かった方もたくさんいらっしゃるのでしょう。また、この本に書かれていることが全て真実とは限りません。


しかしつい何ヶ月か前にも、日本のある製薬会社による降圧剤の効果に対する研究の捏造が問題になったばかりです。

恐らくこのようなことは、「うつ病」に限らず、どんな「薬」でもありえることは想像に難しくありません。薬の効用を証明するには研究が絶対必要である以上、製薬会社と研究者の関係は無くなりようがないはずですし、それが常に公正中立なものとは限りません。






この様な話を知った上で、

「今のんでいるこの薬は果たして…?」




と考えてみることも、たまには必要かもしれません。

善意を信じることは大切ですし、何でもかんでも疑ってかかるのも考えものですが、個人的には、「お医者さんが言ったからと言って、何でもかんでも飲んでしまうのもどうなんだろう?」といつも色んな方を診ながら思っています。





どんな薬でも副作用のないものはありません。特にご年配の方々が、ラムネみたいに毎食何種類も薬を飲む姿を見ていると、疑問に思います。



「果たしてこれって医療のあるべき姿なのかな?」






*ちなみに、SSRIはセロトニンなど脳内の化学物質のバランスを再調整するものだとされていますが、一般的に広まっている「うつ病=セロトニン不足」という説は、1950年代にジョージ・アシュクロフトという研究者によって提唱されたものの、その後の研究で全く反対の結果が示されたため、1970年頃アシュクロフトは「セロトニンの減少とうつ病に関連性はない」と認め、以来今までそのつながりが証明されたことはない。



と、この本には書かれていました。

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